いくつものDOORとシナモンの香り

更新日:8月24日

雲の様子ががらりとかわって、空が高くなる。あの日も、高く澄んだ空に誘われて外出したのだった。仕事場と家の往復と、あってないような休日を繰り返す日々は充実していたが、ちょっと疲れてもいた。そんなふうに目的もなく近所をふらつくのはとても久しぶりで浮かれていた。


ずっと気になっていたその店は、とてもおかしな風貌をしていた。外壁には大きな肖像画が描かれ、自転車が天井から吊り下がってることもあれば、壁一面に本が並べてあることもあった。


たいていドアは開いていたが、その日踏み入ることができたのは、浮かれていたせいでいつもよりもすこし勇敢だったからだ。「こんにちは」と迎え入れてくれたその人が、絵本みたいにシンプルで健全な言葉を使うことに安堵して、注文したジントニックをごくごく飲んだ。大きな白いテーブル。部屋の隅の小さなテレビから流れる、coffee and cigarettes。


自宅から徒歩1分のその店には、実際には数回しか訪れたことがないのだが、その日を境にそこは私のオアシスとなり、私は彼を師と仰ぐようになった。もちろん、一方的に。


ある時、そこで写真展が開かれることになり、お祝いの気持ちと共にスパイスティーを持参した。壁一面に貼られたいくつものドアの写真の隙間を満たすように、しっくりと馴染むシナモンの香り。帰り際、写真家の奥さまから声をかけられた。「彼は生前、病床で何も食べられなくなってから、カレーが食べたい、と言って、スパイスの香りをかぎました。それが実質、彼の最後の食事でした。」


こんなふうに、必然が必然として差し出されることは、本当は至極当然なことだと思っている。それを当たり前に受け取ることのできるシンプルさを、私はとても大切にしている。


さてその師との後日談。当時営んでいたカフェを閉める報告をすると、あっけらかんと、「のんちゃんは、いつかまた店をやる人だから。」と予言めいたことを言われた。それも必然ならば、私の未来や如何に。


シナモンのほっとするような甘い香りは、かぼちゃやさつまいもなどの秋の食材によく馴染む。久しぶりに、グラタンでも焼きましょうか。かぼちゃの色を、あの日見たドアの、鮮やかな黄色に重ねて。



2018.09山陽新聞掲載エッセイ「日沼紀子の香りのレシピ14」より



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文章を書くことが本当になくなって、 なかなか文章が書きづらくなっている。 日本語も語学だ。 フルスペックで使う習慣がなければ、 フルスペックでアウトプットすることはできない。 時々危機感を感じて、 読書やら語学学習やらを慌ててしてはみるものの、 そんな旅のような時間は、 いちいちに手がかかる日常の雑多な業務に、 あっという間に後回しにされてしまう。 それでもこの膨大で雑多な業務を積み重ねていくこと

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